2016年09月11日

秋になる朝 / 中原中也

たったこの間まで、四時には明るくなったのが
五時になってもまだ暗い、秋来る頃の
あの頃のひきあけ方のかなしさよ。

ほのしらむ、稲穂にとんぼとびかよい
何事もなかったかのよう百姓は
朝露に湿った草鞋(わらじ)踏みしめて。

僕達はまだ睡(ねむ)い、睡気で頭がフラフラだ、それなのに
涼風は、おまえの瞳をまばたかせ、あの頃の涼風は
とうもろこしの葉やおまえの指股に浮かぶ汗の味がする
やがて工場の煙突は、朝空に、ばらの煙をあげるのだ。

恋人よ、あの頃の朝の涼風は、
とうもろこしの葉やおまえの指股に浮かぶ汗の匂いがする
そうして僕は思うのだ、希望は去った、……忍従(にんじゅう)が残る。
忍従が残る、忍従が残ると。
 
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ついこの間まで、四時には明るくなっていたのが
五時になってもまだ暗いままで
もうすぐ秋になるこの頃も
なかなか朝にならない夜も哀しい

白々と明けてきて、遠い夢にとんぼが飛び交って
何事もなかったかのように社会は
朝露に湿った床を靴で踏みしめて

僕たちはまだ眠い、眠りについていないので頭がふらふらだ
それなのにクーラーの冷たさがあなたの瞳を瞬かせ、
この涼風は夏の野菜やあなたの指の間に浮かぶ汗の味がする
やがて銭湯の煙突は、朝空に、彼岸花の煙をあげるのだ

恋人よ、あの頃の朝の涼風は、
夏の野菜やあなたの指の間に浮かぶ汗の匂いを思い出させる
そうして僕は思うのです
希望は去ってしまった

ただ、耐え偲ぶことが残る
耐え、従うことだけが残る
耐えているよ 偲んでいるよ
posted by Nonsugar at 23:52| Comment(0) | 文学
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