2016年09月20日

セプテンバーなんて言い方をしたらほんと切ないじゃないですか

台風が過ぎ去って寒くなって、近所にコーヒー飲みに行って、糸繰り人形について考えて、別にコーヒーが飲みたいわけじゃあないなあなんて思うし、音が重なって雑音になって遠くの会話と、遠くのスジャータ、僕はブラック、セプテンバーなんて言い方したらほんと切ない秋じゃないですか。
花柄のランタンも、ずぶぬれの映画館も、林檎の箱に入っているから取り出せますよすぐに、でも、ぼくは糸繰り人形のことを考えているので、言葉のよく判別しないような音楽を聴かなくちゃいけないような、そんな気分になったところで、チクリと痛むのです。
人形のように正に人間ですか、いえ、紛れも無く人間ですから、こんな言い方したらいけませんし、失礼だとは思いますけれど、というところで、林檎の箱からフィシュマンズを流し始めて、走っていくよ。
ここからは、僕は今から高速を飛ばして、コインランドリーに行って、赤い傘をなくしてしまった女の子に傘を渡しにいくわけですけれど、行った先にはきっと準備されていなかった幸福があるわけで、でも幸福なんて誰のものさしで計ればいいわけなんですか?って、そこで言うわけです。言い訳です。
フィクションは過ぎ去って、夜はつまらない、一向に詰まってくれないので、僕の周りの空気は冷めていって、覚めていって、醒めていってとても寒い想いをしなくてはいけない状況で、冬を越せないキリギリスもきっと、冗談なんていってられない、冗談じゃあないよほんとうに、この世界に空きなんて無かったかのように詰まって、空っぽになって、摩擦がなくなって、寒くなってもう冬です。
僕なんて、空き服をかって空きの装いですから、抜け殻、熱湯を注いでほしい、やけどしたって、麻痺しているから気付けない、傷つけないからこっちへおいでよ、急いで急いでよねって彼は言うけれど、答えはもう見つかっているよ、浸かっているよ本当にもう。
この散文だって終わりが見えないし、どこまでだって続くよ、各駅停車ですすむよ、冬まで続くよ、この無法な、散文は、空きの憂鬱は湯を打つ様で、波を起こしたいです。
要約するならば、ようやく辿り着くなら、僕は隙間を埋めたい、秋を埋めたい、越せない冬がやってきたら越せるように考えようとするでしょう、具体的に、それをまっている、冬をまつ。
posted by Nonsugar at 22:05| Comment(0) | ムーンレター
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: